神様の絵?

幼い少年がお母さんに言いました。「ねぇねぇお母さん、ボク今日幼稚園で『神様の絵』を描いたんだよ。」 するとお母さんは答えました。「あらスゴイわねぇ。だけど、誰も神様のことを見たことはないんだから、神様がどんな方か分からないんじゃないかしら?」 子供はしばらく考えてからこう言いました。「じゃあ、ボクの描いた絵を見ればいいんじゃない?」

確かに『神』という存在は肉眼では見ることができません。しかし聖書は「神は私たち人間を『神のかたち』として造られた」と言います。すなわち「人間の中に『神のかたち』とも言える性質が備わっているのだ」というのです。では、一体私たちのどこが神と似ているのでしょう?目鼻立ちでしょうか?それとも体格?きっとそういう意味ではないでしょうね。しかし次の2つの点で、私たちは神の性質を受け継いでいるのではないでしょうか?

①  夢を持つ力

・私たち人間を、他の動物たちと決定的に区別する特性は「夢を持ち、それを追い求めて生きる性質」です。この力が人間を宇宙旅行へと導き、インターネットを可能にし、また神を見出し礼拝する者としているのです。

②  自由意志によって行動する力

・単に本能に任せて生きるのではなく、「どちらが正しいか」「どちらがより優れているか」を考慮しながら、日々選択を重ねて生きるのは、人間だけです。能力的・経済的限界があるにしても、私たちには皆『自由に決定するための意志』が与えられています。

私たち人間は上記の2つの性質を用いて、多くの優れたものを築いてきました。しかしそれらすべてが私たちの生活に「益をもたらしているかどうか」は疑問です。神が私たちにこれらの性質を与えてくださったのは、決してそれらを「自分の欲望を満足させるのに用いるため」ではなく、「神の栄光ある豊かさを地上に反映させるため」に違いありません。すなわち、神は私たちがこれらの崇高な性質を、神のみこころに則した方法で用いることを望んでおられるのです。神は私たちが人生を歩む上で、様々なチャンスや出会いを与えてくださいます。その度ごとに「しめしめ。これを機会にガッポリ儲けてやろう!」と言うのではなく、「神は私に、この機会を用いてどのようにご自身の豊かさを表現して欲しいと思っておられるのだろう?」と問いながら生きる、これが『神のかたちとして造られた者』にふさわしい生き方ではないでしょうか?

Categories: 聖書

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