日本の古くからの言い回しに、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。本当に心を深く探られる言葉だと思います。私たち人間は本当に弱いワガママな存在で、「自分に都合が悪い存在」や「どうしても好きになれない相手」を排除しようとする傾向がありますが、神は本来私たち人間を『互いに受け入れ合い愛し合う存在』としてお造りになりました。そして「神のひとり子」として来られたイエス・キリストは、まさに地上での生涯において私たちにその模範を示してくださったのです。
キリストはご自身が「罪のない、きよい存在」であったにもかかわらず、当時社会からつまはじきにされていた病人や貧しい人々、そして『罪人』というレッテルを貼られた人たちと多くの時を過ごされました。そのような生き方を、ユダヤ教の宗教指導者たちから問題視された時、彼は言いました。「医者を必要としているのは丈夫な人ではなく、病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」
私たちは「自分はまともだ。人の助けなんか受けなくたって生きていける。」と思いたい存在です。でも実際心の中では「自分は弱く醜い存在で、そんな自分の姿を知られたら、人は皆自分から離れて行く」と恐れているのです。でも安心してください。キリストはまさにそんなアナタが正直に自分の醜さ・弱さを認めたとき、「私の友よ」とありのままのアナタを受け入れてくださるのです。そして私たちは「『ありのままの自分』を受け入れてもらう」という経験を通して、少しずつ「罪を憎んで人を憎まず」に、互いを受け入れ合って生きる者へと変えられて行くことができるのです。
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