お知らせ
「JCFサマーキャンプ」のお知らせ
2013年1月18~20日に「JCFサマーキャンプ」を行います。場所はウッドエンド・クリスチャンキャンプ場。詳細は渋沢まで。(費用は1人およそ80~90ドル) どうぞ奮ってご参加ください。
2013年1月18~20日に「JCFサマーキャンプ」を行います。場所はウッドエンド・クリスチャンキャンプ場。詳細は渋沢まで。(費用は1人およそ80~90ドル) どうぞ奮ってご参加ください。
来たる12月23日(日)に、午後2時~5時半「JCFクリスマス礼拝」を行います。プログラムは次の通りです。 ・午後2時~3時半:クリスマス礼拝 ・午後3時半~4時:ティータイム ・午後4時~4時45分:劇『そのままのきみが好き』 ・午後4時45分~5時半:夕食 入場無料です。どなたでも参加できます。
メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ 「2つのいのち」 (04/11/2012) [ヨハネ14: 15-24] ◆「三位一体」とは?[16~18節] ・イエスは「わたしと父とは1つです」とおっしゃった。と同時に『聖霊』のことを「もうひとりの助け主」と呼び、 ご自分も同じ名で呼ばれた。[Ⅰヨハネ2:1] よって… *父なる神=イエス・キリスト=聖霊 ・この聖霊が、生涯、信じる者と共にいてくださる。[16節] ・この方が「イエスの復活のいのち」[19節]であり、私たちに与えられた「永遠のいのち」[Ⅰヨハネ5:11-12] ◆キリストを信じる者は「2つのいのち」によって生かされている。 ①地上の肉のいのち ― 地上の食物によって成長し、保たれる。 ②キリストにある永遠のいのち ― 霊的食物(神のことば)によって成長し、保たれる。 ◆イエスを愛する者 [15節] ・イエスを「信じる者」と「信じない者」がいるように、信じる者の中にも、イエスを「愛する者」と「愛さない者」がいる。 ◆「イエスを愛する」とは? ①肉のいのちよりも、霊のいのちを重視して生きること。 ・この2つがぶつかった時、イエスを選ぶ。 ← 霊の食物による栄養と、聖霊の助けが必要。 ②主にある兄弟を見る時、「その人の内におられるイエス」を見ること。[マタイ25:40] そして、その人の内からイエスが輝き出るための援助を与えること。[ヨハネ15:12] ◎私たちの人生の目的は、「私たち1人1人を通してイエスが輝き出ること」。これが神の望んでおられることです。 Outline of the sermon “We have 2 lives.” (04/11/2012) [John 14: 15-24] ◆ What is 「the Trinity」?[Verses 16-18] Read more…
メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ 「更に大きなわざ」 (28/10/2012) [ヨハネ14: 7-14] ◆「わたしを見た者は、父を見たのです。」[9節] ・「外見が似ている」ということではなく、御父から全権を委ねられて語り、また行っていたから。 ◆「わたしのわざを行い、更に大きなわざを行う。わたしが父のもとに行くから。」[12節] *イエスが父のもとに行ってから何が変わったのか? ①イエスに「すべてにまさる名」が与えられた。[ピリピ2:9-11] ②聖霊が遣わされた。[ヨハネ16:7] ③イエスが父の御座の右でとりなしてくださる。[ローマ8:34] ◆「わたしのわざを行い、更に大きなわざを行う。」[12節] とは? ①イエスが地上でなさっておられたみわざを継続する。 ・イエスは、地上における悪魔の束縛を打ち壊すために来た [Ⅰヨハネ3:8]が、私たちには支配権を失った 悪魔から、神のもとへ奪い返す権威が与えられている。〈必要条件〉自分が権威の下にいること。[マタイ8:5-10] ②地上に対してだけでなく、イエスの御名によって、天と地の両方向に働きかける。 ・[13-14節] イエスは父のみこころを地上で成し遂げるために来たが、私たちにはイエスの御名によって御国 の支配を地上に押し広げる権威と共に、働きの必要を求めて天に働きかける特権も与えられている。 *「イエスの権威のもとに御国を拡大して行く」とは、具体的にどういうことか? 〈BFPの働きの証し〉 ◎悪魔が恐れているのは「自分のことばかり考えているクリスチャン」ではなく、「イエスの栄光のために神のみこ とばにトコトン従い、委ねられた愛と権威とを用いてこの世に挑んでいくクリスチャン」。➝ [ヨハネ16:33] Outline of the sermon “Even greater things.” (21/10/2012) [ヨハネ14: 7-14] ◆“Anyone who has seen me has seen the Father.”[Verse 9] Read more…
メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ 「イエスは 神のことば」 (21/10/2012) [ヨハネ14: 1-6] ◆[2~3節] ・「住まい」は、ギリシャ語『メノ―』(神のうちにとどまる)の派生語で、「神と共なる場所」の意。 ◆神のことば「イエス」[ヨハネ1:1, 14, 18] ・誰も神を見た人はいない。イエスこそ「神のことば」であり、聖書のことばの中にイエスが生きておられる。 ・弟子たちは、イエスが語られる「ことば」の内にこそ、神の本質『いのち』があることを見出した。[ヨハネ6:68] ◆[6節] (「わたしが」を「神のことばが」に読みかえると、分かりやすい) ①道 :正しい選択のための判断基準 ②真理 [ヨハネ17:17] :様々な価値観や、人々の評価などによる混乱から、私たちを救い出し、自由にする。 ③いのち [マタイ4:4] :キリスト教は退屈ではない!人生を「宝捜し」に変える。 *「イエスを通して、もっと親密な神との関係を築きたい!」という人は、『みことばに触れる時間』を増やすべき。 〈「天国の人」ブラザー・ユンの証し〉 ◎神のことばそのものに力があり、そこにイエスが生き生きと生きている。 ◆[詩篇1:2-3] ★毎朝聖書を読む人は、毎朝イエスと出会っている! Outline of the sermon “Jesus is the Word of God.” (21/10/2012) [John 14: 1-6] ◆[Verses 2~3] ・Greek Read more…
メッセージをダウンロードして聴く 説教あらすじ 「『愛すること』への招き」 (14/10/2012) [ヨハネ13: 31-38] ◆イエスの「最後の教え」 大きく2つのポイントに分けられる。 ①イエスが愛されたように、私たちも互いに愛し合う。 ②「もうひとりの助け主」 = 聖霊 ・この2つは、実は1つのことであって、「キリストに従う者の歩み」のカギであり、すべてである。すなわち… 「神は私たちが、キリストが愛されたように互いに愛し合うようになることを望んでおり、それは『私たちの自分 の力』ではなく、神のもとから遣わされる『聖霊の力』によってのみ可能である」 ということ。 ◆「キリストが愛されたように」とは? ・「自分の努力や熱心によるのではなく、聖霊に全面的に頼ることによって」という意味。そのために私たちにできるたった1つのことは、「神は100%善い方である」と信じて、自分の自由意志を、敢えてこの方に従わせること。[ルカ9:23-25] 「自分を捨てる」 ≠ 「自分を失う」 ◆ペテロの失敗(私たちも陥りやすい) [36~38節] ・ペテロは「自分は誰よりも熱心だから、最後までイエスについて行ける」と自負していた。(「いのちを捨てる」と言って いても、『自分』を捨てていない!) これに対しイエスは「聖霊なしには、ついて来られない」とおっしゃった。[36節] ◆[35節] ・これは「あなたがたの間の愛を見て、人々もキリストを信じるようになる」と言っているのではなく、人々が「彼ら は単なる『いい人』なのではなく、『自分をキリストに従わせている人々なのだ』」と認めるようになるということ。 ◆愛は地球を救う?[ローマ8:38-39] ・「人間愛」は決して地球を救えない。「キリストを通して現された不変の愛」が私たちから流れ出る時、人々は救いを見る。 Outline of the sermon “Invitation to love.” (14/10/2012) [John 13: 31-38] ◆ Here Jesus started his 「Last Teaching」. There are Read more…
いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。 ある男性が銀行に入ろうとした時に、すぐ後ろから女性が続いているのに気付いてドアを開けて待っていたところ、その女性はお礼の代わりにこう言いました。「私が女性だからって、何もわざわざドアを支えていて下さらなくても結構よ。」 それを聞いた男性は微笑みながら答えました。「いえいえ、私がドアを支えていたのは『あなたが女性だから』ではなく、『私が紳士だから』です。」 キリストを信じる者として、私たちが他の人たちと『ひと味違った』生き方をするとしたら、それは「私たちがキリストにあって何者であるか」によるのであり、「人々が私たちクリスチャンにそうすることを期待しているから」ではありません。私たちは「人を恐れる者」ではなく、「神を恐れる者」です。「人のご機嫌を取って点数を稼ぐ者」ではなく、既に神様から『愛する我が子』としての称号をいただいている者なのです。 昔、ある貿易会社の船が初めての日本上陸を目の前にした時、取引のリーダーが乗組員たちに次のように告げたそうです。「いいか。これから上陸する国の人々にとって、私たちは皆『外国人』だ。彼らは私たちの国のことを全く知らないし、もちろん言葉も分からない。ということは、彼らにとって『私たちの中に見る物』が、私たちの祖国に関するすべての情報となるわけである。諸君、日本の人々が『あの人たちは、一体どんなに素晴らしい国から来た人々なのだろう?』と感心してもらえるような態度で、これからの日々を過ごそうではないか!」 私たちが人々に証しするのは、単に「私たちの人柄」ではなく、「私たちのお国柄」です。この世の習慣に倣って媚を売るのではなく、キリストに倣ってこの世の人々を魅了し、彼らの「天の御国への移民願望」を駆り立てようではありませんか!