ある日の新聞のコラムに、次のような記事が載りました。
「神が『母親』を創造された時、その様子を隣りでじっと観察していた天使が言いました。『今回はずいぶんと手をかけていますね。』すると神は答えました。『その通りだとも。何しろこれは他の生き物にはないいくつもの微妙な部品を必要としているのだから。「ひざ小僧の小さなすり傷に始まって、恋に破れて痛んだ心をまでも癒すことのできる優しいキスをする唇」「台所の片づけをしながら、子供の着替えをさせ、夫のゴミ出しの準備をし、飼い犬にエサをやり、そのついでに洗濯物を干すことのできる腕」、う~む、やはり腕は5組は必要だな。』 天使は叫んだ。『腕が5組ですって!』 いやいやそんなことより、やはり難しいのはこの「それぞれ違った機能を持つ3組の眼だよ。ドアの向こう側を見透かすことができるために1組、また頭の後ろには子供が母親に見つからないように悪さをしているのを見抜くためにもう1組、そして最後は誰かがへまをやらかしてしまった時に「大丈夫、大した失敗じゃないわよ。それでもアナタを心から愛してるわ」と語ることのできる眼差しだ。』 『神様、そんなの無茶じゃないですか?』 『そんなことを言ってはいけない。私は何としてもこの「わたし自身に最も似た存在」を完成させたいのだから。何しろ彼女は病気になっても誰の看病も受けずに回復することができ、冷蔵庫の残り物だけを使った料理で家族を喜ばせることもでき、5歳以下の3人の幼児をいっぺんにお風呂に入れるほどの芸当をやってのけるのだから。』 『それはまさしく「奇跡」ですね!』天使は驚きつつこの生き物の身体に触れてみて言った。『何て柔らかいんでしょう!』 神は答えた。『そうだろう?しかしその実質は恐ろしく強靭に造られているのだ。彼女が一体どれほどの逆境に耐え抜くことができるか、お前には想像もできないだろうな。』 今度は天使は彼女の頬に手をやり思わず叫んだ。『こんな所から水が漏れていますよ!』 『いやいや、それは水漏れではない。「涙」と呼ぶのだ。』 『へぇー、一体何のために使うんですか?』 『「喜びを表すため」「悲しみを表すため」「痛みを表すため」「失望を表すため」「寂しさを表すため」「誇りを表すため」…、まあいろいろだな。』 最後に天使は言いました。『神様、あなたこそまさしく「天才」です!』
もちろんこの物語はフィクションですが、じっくり読む価値があるでしょ? お母さんたち、本当にありがとう!!!
0 Comments